K.Maebashi's blog

「プロジェクト・ヘイル・メアリー」あれこれ


映画を観たのももう3週間前、その後原作を再度読み返したりもしていて(7周目)、映画との違いとか、いろいろ気が付くところもあったので記憶が薄れないうちに書いておきます。
ネタバレ全開なので隙間を開けておきます。







<ネタバレ除けの余白>






映画の予告編は期待値を下げているよね

公式サイトでも予告編が公開されています。
https://projecthm.movie/
ここで、「日本版予告」を選べば上の動画エリアで予告編が見られます。下の方にはUS版が無印、2、3と並んでいる。US版でも字幕はついています。

で、これを見ると、「中学の科学教師が、なぜか一人で宇宙に行かされる」ように見えるんですよね。

原作だとそうではないし、映画も原作通りです。
主人公のライランド・グレースが宇宙に「行かされる」経緯は原作の白眉ですし、それを知った主人公が落ち込むシーンも映画でもちゃんと再現されている。ロッキーに「君は勇敢(BRAVE)だ」と言われて「どうかな」とか答えるシーンがあったはず。
でもこの予告を見たら、原作未読の人には単なるナンセンスな映画に見えるでしょうし、既読の人は「原作改変したのかよ!」と思うんじゃないでしょうか(私は思った)。

ヘイル・メアリー号の形と大きさ

原作だと、ヘイル・メアリー号はこんな形をしています。

原作の最初の口絵にこれがついていて、前知識なしの状態で原作を読む人には重大なネタバレになっていますが。

この、太い円筒部分の直径が約4メートルとのことなので、だいぶ狭い。当然こんな巨大な宇宙船は宇宙で組み立てるわけですが、一度に打ち上げられる大きさが直径4mくらいだったのではないか、という推測が書いてある。先週名古屋市科学館で見てきたH2ロケットのペイロードのフェアリングがそれぐらいの大きさですしね。
映画だとこれよりだいぶ大きいようで、生活空間に余裕がある。地球の映像を体験できるようなエリアもあるし、馬鹿でっかいソーラーパネルらしきものもついている。電力はアストロファージから無尽蔵に取れるし、行程の大半は太陽なんて近くにないんだからソーラーパネルを載せてもしょうがないのでは、と思うんですがね※1

人工重力を発生させるときは、こうなります。

ケーブルをピンと張ったままこんなふうに回せるんだろうか、とは思いますが。

で、この人口重力なんですが、原作ではケーブルの長さが100メートルということになっている。そんな小さな直径で、ちゃんと重力が作れるのかな、とChatGPTに聞いてみた。

回転数ごとの必要半径

人間が「気持ち悪くなりにくい」回転数はだいたい 1~4 rpm 程度と言われます(それ以上だとコリオリ効果で酔いやすい)。
(中略)
● 3 rpm(ややきつい)
必要半径:約 100 m
直径:約 200 m

👉 現実的に検討される最小クラス

● 4 rpm(多くの人が酔う)
必要半径:約 56 m
直径:約 110 m

👉 かなり小型だが居住性は悪い

うーむ。
映画だと船の一部だけが回ってたようだから、もっと半径小さかったんじゃないかな。
あと、原作では、ヘイル・メアリーとブリップAを連結するときは回転を止めてましたが、映画ではブリップAごとぐるぐる回ってましたね。なかなかむちゃな。

ビートルズ

ヘイル・メアリープロジェクトは、近くでなぜかここだけアストロファージに感染していないくじら座タウ星に調査に行って原因を調べる、というミッションです。でも仮に原因が分かったとして、それを太陽系で再現できなければ意味がない。原作では、考えられる原因として以下のようなものが挙がっています。

もしかしたら、その惑星の大気にはアストロファージの行動を妨害妨害する化学物質が含まれているのかもしれない。奇怪な磁場があってアストロファージのナビゲーション能力を狂わせているのかもしれない。あるいはその惑星にはいくつも衛星があってアストロファージがぶつかってしまうのかもしれない。
単に、タウ・セチには二酸化炭素を持つ惑星がないだけということもありうる。もしそうなら最悪だ。この旅はまったくの無駄骨で、地球の命運は尽きたということになるのだから。

「タウ・セチには二酸化炭素を持つ惑星がない」ケースだけでなく、アストロファージの行動を妨害妨害する化学物質があったってそれを大量生産できるとは限らないし、奇怪な磁場のそのスケールでの再現も難しいだろうし、いくつも衛星があるなんてのも再現は不可能だ。勝手に増殖してくれるアストロファージの天敵がいた、なんてのは、本当に唯一、太陽系で割と簡単に再現できそうな、めちゃくちゃ幸運なケースです。
――で、そういうケースを予期していたにしろしていなかったにしろ、調査結果を地球に送るビートルズには、物理的な「モノ」を持ち帰る方法が必要だと思うんですよ。
ところが原作だと、ビートルズは艦首に備えられていて、船外活動をしないとたどり着くこともできない。しかもご丁寧にフェアリングで覆われていて、フェアリングは爆砕ボルトで吹き飛ばすようになっている。データは船内から送れるんでしょうが、モノを持ち帰ることは想定してなさそうです(だからタウメーバのミニ農場は外側に後付けてしてる)。これは設計ミスではないか。
映画だと、船内から送り出していたようですし、モノを載せるスペースもあったんですかね。
ところで原作では、ビートルズが持ち帰る情報について、こんなセリフがあります。

「データです。いくらなんでもここまでは必要ないだろうというくらいの膨大なメモリ・ストレージを擁するRAIDがあってね」

「膨大なメモリ・ストレージ」が5テラバイト? この本の出版当時としても大した容量ではなかったのでは……

宇宙服

原作だと、ロシア製のオーラン宇宙服を使っています。これは実在する宇宙服です(Wikipedia)。
でも映画だと、アメリカ式の宇宙服を着ている(NASAのマーク入り)。アメリカ人にはこっちの方が受けるのか、わかりやすいんですかね。

気圧

ロッキーの住む空間の気圧は29気圧ということになっていて、これはどうしてわかったのかというと、ロッキーがヘイル・メアリー号とブリップAの模型をそれぞれ作って、ヘイル・メアリー号の中に8玉の数珠がふたつつながった酸素分子を模した模型がひとつ、ブリップAの中にアンモニア分子を模した模型を29個入ってた、という形でロッキーから教えられたわけです。

問題は、この時、ヘイル・メアリー側の空気は0.4気圧だということで……

ロッキーは地球人向けの空気は0.4気圧のものしか知らないので、29倍だと教えてくれたということは、ロッキー側の大気は0.4×29=11.6気圧なんじゃないんですかね。

ところで気圧の話をすると、ヘイル・メアリー号内部の気圧は最初の方には0.4気圧と書いてあるのですが、場所によっては

キセノナイトは掛け値なしにすばらしい。厚さわずか一センチの透明キセノナイトが、ぼくの五分の一気圧の酸素大気と彼の二九気圧のアンモニア大気を分離している。

五分の一気圧と書いてあったり、

船は船内が〇・三三気圧以上になることを許さない。

〇・三三気圧と書いてあったり、どうも混乱しているように見える※2

アストロファージの重さ

前にもちょっと書きましたが、どうも原作を読んでいると、アストロファージはその重さすべてがエネルギーになる、というような記述が出てくる。

エンジンは毎秒六グラムのアストロファージを消費する。アストロファージはエネルギーを質量として貯蔵している。だから基本的に、スピン・ドライヴは毎秒六グラムの質量を純粋なエネルギーに変換して後部に吐き出すことになる。

でも、アストロファージは大量のエネルギーを貯められるかもしれないけれど、全量がエネルギーというわけではないだろう、と思っていたのですが。
よく読むと、アストロファージ1匹の重さは20ピコグラムだと書いてある。

あの点々の質量は平均二〇ピコグラム程度と出ました。

そして、エネルギーをため込んで満腹になると、17ナノグラム増える、とも書いてある。
ナノグラムはピコグラムの1000倍なので、空腹のアストロファージが20ピコグラムで、満腹になると17000ピコグラム増えるなら、確かに20ピコグラムの方は無視してもよい数字に見える。
でも、最初に調べたアストロファージの中には満腹のやつも空腹のやつもいたはずで(なにしろすぐ繁殖したのが1匹はいたのだ)、「平均二〇ピコグラム程度と出ました」って、単純に平均してはいけないくらいの重量差があったはずじゃないか。
ついでに言うと、本来の科学スタッフだったデュボアを吹き飛ばしたあの大爆発は、

彼女はうなずいた。「デュボアは調査センターの補給係将校にアストロファージ一ナノグラムを要求したのに、向こうがまちがえて一ミリグラム渡してしまった。容器はいっしょだし、微量だから、彼もシャピロもまちがっているとは知る由もなかったのよ」

という理由で起きたわけですが、1ナノグラムのアストロファージって、満腹のアストロファージ1匹分に満たない。

アストロファージが17ナノグラムになるのは本当に限界まで満腹になった時だけで、普段太陽と金星の間を飛び回ったり繁殖したりするときは20ピコグラムぐらいなのかもしれない。主人公がエイドリアンで猛烈なIRに船体をあぶられながら、アストロファージが冷やしてくれるから大丈夫、と信じ切っていたのもそれなら納得がいく(実際にはアストロファージに熱が届く前に燃料タンクに穴が開いてしまいますが)。でも、それで、アストロファージの重量をそのままエネルギーに換算しても問題ない(アストロファージ本体の重さを誤差としてよい)のだとすれば、アストロファージ本体の重さはせいぜい1ピコグラムくらい? 大腸菌はそれぐらいの重さらしい。
でも、アストロファージって直径10ミクロンもあって(大腸菌は1~2ミクロン)、球の体積の公式に入れると体積は295立方ミクロンくらい、水1立方ミクロンが1ピコグラムなので、水と同じ比重なら飢餓状態でも295ピコグラムくらいなければいけないはずなんだがなー。

エリディアン・ゾーンはどうやって作ったの?

ロッキーはヘイル・メアリー号の中に透明キセノナイトで自分が歩き回れる「エリディアン・ゾーン」を作りますが、原作ではこれはロッキーが自分で作ったことになっている。

彼は数日がかりで船中に〝エリディアン・ゾーン〟を構築した。

でも、「エリディアン・ゾーン」から出られないロッキーがどうやって自分でエリディアン・ゾーンを作るの? とずっと気になってたんですが、映画では、主人公が透明キセノナイトを持ち上げてエリディアン・ゾーンを作ってあげていた。

エイドリアンのアストロファージ分布

惑星エイドリアンに、アストロファージを捕食する生物がいるのではないかと推測し、それを捕まえるために長い長いチェーンで採集器をぶら下げて取りに行く、というシーンがあります。でも、惑星表面のアストロファージ分布を調べると、だいぶむらがある。捕食者はアストロファージの多いところにいるはずだからそこに鎖を降ろす――のですが、捕食者の多いところはアストロファージは食われてしまうわけで、アストロファージの少ないところに捕食者がたくさんいる可能性も大きいんじゃないかなあ。どうもこの図を思い出してしまう。

Wikipediaより。これは『実際のデータに基づいたようなものではなく、論法の説明のために「誰かが描いた」もの。』

昏睡状態

主人公たちはタウ・セチまで2年9か月、昏睡状態になっています。2年9か月やそこら普通に起きていても過ごせそうですが、メンタルおかしくなってクルー同士で殺しあったりしないための対処です(でも結局、3人中2人は死んでしまいますが)。
それはいいとして、昏睡状態の3人のケアをするロボットアーム、優秀すぎる。

ぼくらは医療的措置で昏睡状態に保たれていたのだと思う。経管栄養、点滴、継続的な医療ケア。肉体が必要とするものすべて。ロボットアームはシーツを替えたり、褥瘡ができないようぼくらの体位を変えたり、ICUの看護師がやるようなことをすべてこなしていたのだろう。
そしてぼくらは健康な状態に保たれていた。全身につけられた電極で筋肉を刺激して、たっぷり運動したのとおなじ状態になっていた。

主人公が梯子から落っこちた時には受け止めたりもする。1.5Gの重力下で。力持ち。ヒゲなんかも剃ってくれる。
これ、コールドスリープ以上のオーパーツなんじゃないかなあ。

そういえば映画では、みんな袋詰めにされていて、ヒゲも髪も伸び放題だったけど※3、あれはコールドスリープだったんですかね。

ロッキーの服

原作ではロッキーはシャツを着ているんですが、

彼は服を着ている。脚はむきだしで岩のような肌が見えているが、甲羅の部分は服を着ている。アームホールが五つあるシャツのようなものを着ている。シャツがなんでできているのかわからないが、人間のシャツより分厚い感じだ。色はどんよりした緑褐色でランダムに濃淡がついている。

映画では着てなかった。まあこの設定は原作を1回さらっと読んだ人だと忘れてそうで、むしろ服を着ていた方が違和感あったかも。

エリディアンの成長

前にも書きましたが、ロッキーの外皮は固いのに、どうやって成長するんでしょうか。脱皮?
エリドの気圧は29気圧だか11.6気圧だかあるはずで、そんな環境で脱皮したら脱皮したての柔らかい外皮が潰れてしまわないか心配です。二枚貝や巻貝みたいな成長をできるような形もしてないしなあ。

キセノナイト宇宙服

原作では、ロッキーはヘイル・メアリー号の中に入ってきますが主人公はブリップAには行けない(気圧が高すぎて宇宙服では潰れてしまうから)というので悔しがるシーンがありますが、映画では、三角形のキセノナイトをたくさん貼り合わせた宇宙服でブリップAの船内に入っています。キセノナイトは丈夫だから潰れない、のだとしても、関節部分は動くんですかね。
ロッキーがヘイル・メアリー号内で入ってたボールも、一部は細かい三角形の集合体になっていて、鉤爪で押すと動きましたが、押して動くなら、29気圧(または11.6気圧)のアンモニアに押されて最初からパンパンに出っ張っていると思う。

エリドでの食料

主人公はロッキー(とエリディアン)を救うために地球ではなくエリドに行く決心をしますが、エリドの食糧は食べられないので餓死する覚悟をしていた。でも、とりあえずエリドまでたどり着けるなら、あとはエリディアンの科学者がなんとかしてくれることは期待していいんじゃないかなあ。
地球にだって森永ラムネがなる木なんてないけれど、ブドウ糖が単離されたのは1747年だそうですよ。仮にも恒星間旅行ができるエリディアンの科学力でそれぐらいのことができてないわけないのでは。
タンパク質だって、アミノ酸なら工業的に作れるのでは。

そういえば映画では、食料を心配するシーンはなかったですね。

エクセルって

ラボのコンピュータ・パネルが入っている引き出しを開ける。いまこそあの事実上無限のレファレンス素材を使うときだ。必要な情報が入ったスプレッドシートを見つけてエクセルに入れ(ストラットは充分に実証済みの既製品が好きだ)、少々作業をする。すぐに欲しかったデータの散布図ができた。ぴったり一致する。

広く使われている市販品は充分に実証済み、という理屈はわかるのですが、そこで出てくるのがよりによってエクセルって。私は毎日エクセル使ってるが、しょっちゅう固まるぞ。

他に思いつくことがあったらまた別記事で書きます。


  • ※1原作でも、ブリップAの方にはソーラーパネル「らしきもの」が付いてますが。
  • ※20.33気圧は上限らしいので、1/5気圧とは矛盾しないかもしれませんが、0.4気圧とは矛盾する。
  • ※3ヤオとイリュヒナはそうではなかったような。かなり早期に死んじゃったんでしょうか。


このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事へのコメント:

ヘイルメアリー号はやっぱり映画だとだいぶ大きいですよね。原作を読んだ時はもっと狭いイメージでしたし貼っていただいたイラストのような形状だと思ってました。地球の映像が見られる部屋が備えられてるのは良い改変だったかと。

私が劇場版を見た雑感です(もうちょっと忘れかけてますが)。
・グレース博士のキャラクターが劇場版向けにだいぶ軽い感じになってますよね。
・グレース博士はヘイルメアリー号の備品をとっちらかせるような人でしたっけ?
・ホームセンターで愉快そうに軍人さんと買い物をするシーンが楽しくて良かった。
・グレース博士も乗組員と一緒に訓練してるシーンを入れた方が良かったのでは?
・大規模なアストロファージ農場を作る受刑者の人が登場してほしかった。
・温暖化を止める事を目指してた人が寒冷化を止めるためとはいえ温暖化を進めるようなことをしなくてはいけないみたいな苦悩を描いて欲しかった。
・キセノナイトの壁がバンッ!てされた時はシート上でビクってなりましたw
・鎖作戦はもう少し延々と鎖を作り続けるシーンが欲しかった。
・ストラット女史はカラオケをしっとり歌うような人ではなかったようなw
・ロッキーの船に入るシーンは「あ、入れるんだ」と思いましたw
・タウメーバを届けられた地球側の後日談が描かれたのは私は嬉しかったです。

Posted by もりした 2026/04/11 20:05

過疎ブログにコメントありがとうございます。

あの長さを2時間の映画にするとどうしても削らなければいけないところは多いと思いますが、「グレース博士も乗組員と一緒に訓練してるシーンを入れた方が良かったのでは?」というのは本当にその通りで、なぜ宇宙服をすぐ着たりできるのか、映画だとわかりませんよね。ただ、原作だと、7000人にひとりの昏睡耐性遺伝子持ちなので、意図して「裏の予備クルー」として何でもやらされていましたが、映画だと「7000人にひとりの昏睡耐性遺伝子」という設定がそもそもなさそうで、「なんで一緒に訓練するんだ」という感想になるかも。

ストラット女史は自分からカラオケ歌ったというよりは歌わされた感じだったと思いますが、歌い終わった後に英語で何かちょっと言ってませんでしたか? 字幕もなくて私には聞き取れず、ただ隣の外国人にちょっと受けていたので、なにか面白いこと言ってたのかなと気になってます(隣の外国人は割と何でも受けていたので、笑いの閾値が低い人だったのだろうとは思いますが)。
ストラットさんと言えば、後日談の地球のストラットはいい感じに老けていて、CGすごいと思いましたよ。

Posted by まえばし 2026/04/11 22:59

コメントを書く

名前:

ブログを作ってみました。何を書くかは未定。

まえばし

いわゆるSEですが、Excelは嫌い。酒は好き。
アイコンはYouCam Online Editorで生成。