K.Maebashi's blog

最近の読書「すばらしい新世界」


オルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」といえば、1932年に出版されたディストピア小説です。ジョージ・オーウェルの1984年とともにディストピア小説の傑作とされています。というかハクスリーはオーウェルのフランス語の先生だそうです。

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しかしまあ、オーウェルの1984年の世界と比べて、「すばらしい新世界」の方の世界はそうディストピアでもないのでは、と思う人が多そうに思います。
この世界では子どもはガラス瓶の中で豚の腹膜を胎盤代わりに製造されます。その過程で、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、エプシロンに階級付けされ、下の階級の子どもは意図的に知能や身体機能を下げられ、成長しても単純作業に回される。そして幼少期からの睡眠教育で各階級は自分の階級に不満を持たないようにされている。このあたりは確かにディストピアかと思いますが。

子どもを産むのは女性にとっては大きな負担なので、瓶で作れるなら大歓迎! と思う人は多そうですし、この世界には戦争はなく飢餓もなく、嫌なことがあれば「ソーマ」という薬(麻薬)で幸せになれます。普通に生きていくなら確かにユートピアかもしれません。

そんなことを思いながら読んでたら、訳者があとがきで同じようなことを書いてた。以下例によって『』内は引用です。

『ジョージ・オーウェルの『一九八四年』の世界と、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』の世界──この二つの反理想郷のどちらかで生きなければならないとしたら、ほぼ全員が後者を選ぶのではないだろうか。  本書のバーナード・マルクスと同じでスポーツに興味がなく、独りで時間を過ごすのが好きなわたしには、〈すばらしい新世界〉は充分に地獄なのだが、それでも『一九八四年』の陰惨な世界に比べればましな地獄だ。そもそも幼いころから条件づけで順応させられていれば不満を感じることはないわけだし、何よりフリーセックスの点が魅力的……というのはまあ冗談として。』

子どもを瓶で作れるのなら、全員最上位階級のアルファにすればよいのでは、と思うでしょうし作中の登場人物である野蛮人ジョンもそう言います。

『だって、あの壜でどんな人間でもつくれるわけでしょう。なぜ全員をアルファ・ダブル・プラスにしないんです」』
『ムスタファ・モンドは笑った。「それは喉をかき切られるのが嫌だからだよ。われわれは安定性と幸福を重んじている。アルファだけの世界は必ず不安定で悲惨なものになるんだ。』
『アルファとして壜から出て、アルファとして条件づけされた人間が、今エプシロンのセミ・モーロンがやっている仕事を強制されたら発狂する──発狂するか、ものを壊しはじめるかのどちらかだ。』

この物語は作中の時代的にはフォード紀元632年、西暦なら2540年、今よりずっと未来です。そんな時代なら単純作業なんかしなくてもロボットかなんかが全部やってくれるんじゃないか、と思わなくもないですが、まあ発表時点ではコンピュータらしきものは何もなかったので機械化された工場はあっても完全オートメーションを想像するのは難しかったかも。それにしてもこの世界でも労働時間を短縮することは技術的には可能なのに、労働者は1日7時間半働いている。これを4時間に短縮すると、

『アイルランド全土で四時間労働制がとられたんだ。その結果は、社会不安が生じ、ソーマの消費量が大幅に増えただけだった。余分に増えた三時間半の余暇は幸福の源泉とはほど遠く、みんな〝ソーマの休日〟をとらずにいられなくなったんだ。』

本当にそうなるかなあ、とは思いますが、それでもこの物語中ではこうなったという理由付けがされていて、この世界が善意によって安定を目指して作られた(そしてそれは成功している)、という点に説得力を与えています。

ところでこの本には「著者による新版への前書き」が収録されていて、これは1946年にハクスリーが書いたものです。1932年出版の小説を1946年に振り返って、
『あるひとつの点で大きくしくじっているのはすぐにわかる。『すばらしい新世界』には核分裂のことがまったく出てこないのだ。これはかなり奇妙なことである。』
『だからフォード紀元七世紀のロケットやヘリコプターが核分裂で放出されるエネルギーで飛ぶと明示されていないのは、今言ったとおり奇妙なことのように思える。この手抜かりは痛い。』
と書いてるけど、核分裂でヘリコプターを飛ばす未来は来ないんじゃないかなあ。むしろコンピュータがまったく出てこない方が痛い。しかし、1946年時点ではまだコンピュータらしいコンピュータはなかったかも。

物語冒頭で、赤ん坊の製造工場が紹介され、そこでは生産する子どものデータを保存するために『「八八立方メートル分の索引カードがあります」』だそうです。時代だなあ。

『「それをもとに計算されるんです。これこれの資質をそなえた人間を」 「これこれの数だけ配分する、という具合に」 「どの時点でも最適数だけ壜出しされます」 「予想外の損耗分は迅速に補塡される」 「ええ、迅速に」とフォスターがくり返す。「この前の日本の大震災のあと、わたしがどれだけ超過勤務しなくちゃいけなかったか!」フォスターは快活に笑いながら首を振った。』

日本と言えば大震災なのか。関東大震災なら1923年か……



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