K.Maebashi's blog

最近の読書「異国トーキョー漂流記」


例によって高野秀行さんの本です。

ここでは何度か高野秀行さんの本を紹介しています。高野さんの本は基本ノンフィクションで、自分自身がどっかに行ってなんかした、という話なので、何冊も読んでいればネタかぶりもあるわけですが、それが「同じネタの二度売り三度売り」にならないのがすごい。

たとえば「辺境メシ ヤバそうだから食べてみた」ではコンゴのテレ湖でのムベンベ探索中にゴリラを食べた話が出てきます。ゴリラを食べるなんてそうそうできる経験ではなく、だったらムベンベ探索が本テーマである「幻獣ムベンベを追え」でもそれなりに詳しくゴリラを食べた話が出てくるのかと、こっちを後から読んだ私は思っていたのです。そしたら、ゴリラに関する話はそれなりに出てくるものの、食べる描写はこれだけ。

当然、夜は彼の肉を食べる。カヌーに倒れている姿が目にちらつかないといえばウソになるが、それは別に食欲にどうこう影響を与えるわけでもない。解体の現場だって、もうとっくに慣れている。結局は慣れである。味はまあまあ。サルの肉とは全く異なっていた。料理のせいかもしれないが、かなり固かった。

それぞれの体験が「濃い」ので、本でちょっと言及しても、次の本でもまた出すネタがある、ということでしょう。

「異国トーキョー漂流記」は、高野秀行さんが主に日本で知り合った外国人に関する話です。

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全8章ですが、1章に出てくるのはフランス人のシルヴィさん。
シルヴィさんは、「幻獣ムベンベを追え」でちょっとだけ出てきます。コンゴは公用語がフランス語だがフランス語の会話が出来なくて困っていた。

困っていたところ、ある日電車に乗っていると隣の座席にすわった若い女性がフランス人であることに気づいた。後でわかったことだが、彼女はちょっとは知られた日本の前衛パフォーマンス集団のメンバーであった。私はその場で彼女にフランス語を教えてくれるように頼みこんだ。

これ自体無茶な話だなあ、と思うのですが、このフランス人女性は後に語学の天才まで1億光年にも出てきます。こっちの本は語学を習うことが本題なので、このフランス語の先生の話ももうちょっとは詳しく出てくる。でもこの本に出てくるのは、長屋に住んでて畳にべったりと座ってやる気のない感じでフランス語を教えてくれたシルヴィ先生の話くらい。それが本書を読んでみると

私の前でシルヴィがほっそりとした体をくねらせていた。身につけているのは小さなパンツ一枚である。頰は紅潮しているかもしれないが、顔も体も白一色に塗りたくっているのでわからない。コンクリート打ちっぱなしの陰気な地下室には不協和音がやかましく響き、小ぶりな乳房がそれと連動して不規則に揺れていた。  二十人ばかりの客がそれを無表情に見守っている。 「怪しい」を通り越して「異常」としか言えない光景だ。

そりゃ確かに異常だ。私が読んだのは「ムベンベ」→「語学の天才まで」→「異国トーキョー漂流記」の順で、だからこそびっくりしたわけですが、執筆順は「ムベンベ」→「異国トーキョー漂流記」→「語学の天才まで」。なので「語学の天才まで1億光年」では詳細を省いた、という事情はありその記載もあるのですが、それにしたってここまで濃い話なら、私なら2度書いてしまいそうだ。

こんな話が8章。ひとつずつとりあげはしませんが、気になったところをいくつか。

私もインディや川口隊長のようにもっと自由でユニークでエキサイティングな人生を生きたいと思った(私は大学に入ってしばらくするまで、川口浩探検隊が真実のドキュメンタリーと信じて疑わなかった)。

あの、純粋すぎませんか。

コンゴから来た作家のドンガラさんが、最初は高野さんとフランス語で話していたのが、レストランに入って近くにフランス人が来た途端

「彼らはフランス人みたいだから、英語で話そう」

そしたら隣の彼らは英語も話せたようで、それがわかった途端

「タカノ、リンガラ語で話そう」

リンガラ語というのはアフリカの一部で話されている共通語です。高野さんも片言でしかわからないので苦労して聞いているとドンガラさんはこう言っていた。

「あいつら、フランス人はよくない。昔、われわれはわれわれの文化を持っていた。古い文化だ。それがみんななくなった。フランス人が来て、壊した。彼らがみんな壊したんだ。みーんなだ。今は何も残っていない」

彼はフランス語で読み書きをし、研究をし、生計を立てている。ふだん故郷のコンゴで話すのも半分はフランス語を使っている。私ともフランス語だ。フランス語でフランス人の悪口は言いづらいのかもしれなかった。自分の矛盾に直面するからだ。英語にしても同様である。

なるほどなあ。

高野さんが大連で中国語を習っていた先生の息子さん(達夫さん。父親が日本好きで日本人でも通用する名を付けた)が日本にやってきた。

「実はコンピュータのシステムエンジニアになったんだよ」と達夫はにこにこして言った。

え、よりによってそんな仕事を選ばなくても。

「会社忙しいです。朝八時に出て、帰るのは夜十時。

「前は日本人はお金持ちだと思ってました。羨ましかったです。今は全然そう思いません。日本の会社員、世界でいちばんたいへんですよ」とこぼす。

言わんこっちゃない。



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