読書記録ばかりですが。最近ほかにイベントもないもので。
歴史社会学者である内海愛子さんの「スガモプリズン」。戦後、戦犯が入れられた施設(およびBC級戦犯そのもの)についての本です。
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東京裁判は勝者が敗者を裁く裁判だったと言われます。それ自体はまあ仕方がない面はある。無茶を通したくて戦争を仕掛けたのなら、負けたら無茶も言われるでしょう。
しかし、それで戦争を仕掛けた上層部の人たちが裁かれるのはともかく※1、その辺の兵士が、「自分たちの街を爆撃していたB29が墜落して乗員が捕虜になった」とき、その捕虜を(それも命令で)殺して戦犯で処刑というのは、どうにもやりきれないものを感じます。
A級戦犯は25人が有罪判決で7人が処刑、16人が無期懲役をくらってますが10年しないくらいでみんな釈放、それに対してBC級は
BC級裁判は被告も法廷数も多い。逮捕された容疑者は二万五〇〇〇人以上に及ぶといわれるが、正確な数はつかめていない。起訴された者は五七〇〇人、死刑判決九八四人(のちに減刑などにより執行は九二〇人)、無期刑四七五人、有期刑二九四四人、無罪一〇一八人、その他二七九人となっている
とのこと。1000人近く殺されているわけです。スガモプリズンも1958年には閉鎖されているので、無期刑とか食らった人も結局10年くらいで釈放されているわけですが、殺した人は帰ってきません。
処刑された人たちは、自身の死をどう受け止めていたのか。
社会学者鶴見和子は遺書を分析し、刑死者の死の受け止め方を六つに分類している。
一、反裁判──裁判は勝者の敗者への復讐である
二、天皇のための死──天皇崇拝を信じそれに従ったもの
三、犠牲死──戦争に対する犠牲、反裁判および天皇のための死
四、永生──非転向グループ、魂は祖国または家族のもとに帰る・生まれ変わりを信じたもの
五、静謐
六、反戦──転向グループ
(中略)
三から六のグループを含めて刑死者の八七・四%は旧日本軍の戦争イデオロギーをあからさまに否定するにはいたらなかった。それに嫌悪を表明するか、またはそれを批判した者もわずか八・九%にすぎない。はっきり戦争反対を表明した者(六の反戦転向グループ)は、わずかに三・四%でしかない。しかし、その「反戦」の意思表示をした者も「有罪」を認めた者は一人もいない。また、「有罪」を認めた二・一%のうち「反戦」の立場を表明した者は皆無であったと、分析している。死刑判決を受けた戦犯たちで、自分でも「有罪」と考え、自らの死を「反戦」に結びつけた者は皆無だった。
納得いかないまま殺されたようです。
本書によれば、スガモプリズンの受刑者は、警察予備隊、保安隊と再軍備を進める日本に危機感を持ち、手記を公開したりとか、いろいろ活動している。
私たちは私たちを裁いた戦犯裁判がその実際の運用面に於て多くのあやまちや行き過ぎを犯したとはいえ、それ自体を否定するわけでもありませんし、その当初の理想は正しかつたものと思つております。けれども今日私たちが不可怪に思うのは、極東裁判に於て、何故天皇をはじめ真の戦争責任者たちの多くが、裁かれなかつたかということであります。
私達は今、日本に再軍備が強要され、再び戦争のあし音が日一日と迫つて来つつあるのをよく承知しております。しかも明らかに他国の利益のために、行われつつある、その戦争準備に積極的に狂奔し、再びあなた方や、あなた方の子弟を、戦場に投げ込むことに、躍起となつている者達は、その〝裁かれざる〟かつての戦争指導者に他ならないのであります。その事実に思いをいたすとき、どうして私達が火のような憤怒に駆られずにおられましょうか。
「巣鴨在所者有志一同」が、1953年12月14日の「平和国民大会」に送ったメッセージの一部。
そりゃまあみんながみんなこういう考えではなかったのだとは思いますが。
この本には、TVドラマ「私は貝になりたい」※2の元になった加藤哲太郎の手記も引用されています。今回飲用が多すぎてKindleの上限にかかっているので引用はしませんが、TVドラマになるときにカットされた部分は一読の価値があると思います。
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