K.Maebashi's blog

ちょっと前の読書「何でも見てやろう」


だいぶ遅れてますが例によって読書記録です。

深夜特急を読んでいたら、1巻の巻末の対談で、こんなことが書いてある。沢木耕太郎さんと対談した山口文憲さんの言葉。

リアリティーが出てくるのは、ベトナム反戦に首を突っこむようになってからでしょう。小田実が代表だったベ平連に出入りしてたんですけど、

当時、ベ平連は、市民運動とはべつに、ベトナムから休暇で来た米兵に脱走を呼びかけて、ひそかにソ連経由でスウェーデンに送りだす活動もしてたんですけどね。

ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)の存在や小田実の名前は知っていたけれど、こんなことやってたのか…… (Wikipediaにも書いてある)

で、小田実の著書である「何でも見てやろう」は主に小松左京のパロディで知っていたので、読んでみることにしました。

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時代的には深夜特急よりもさらに前の1958年、観光目的の海外旅行が自由化されたのは1964年なのでそもそも普通には海外なんて行けない時代に、「フルブライト留学生」という制度で(無料で)アメリカに行って、その後、カナダメキシコヨーロッパ、エジプトシリアレバノンイランインド等22か国を経て帰国するまでの話です。

この本の話は、「深夜特急」では5巻にも出てきます(書名は出てないが間違いない)。

少年時代に一冊の旅行記を読んだ。それはフルブライトの留学生としてアメリカに渡った若者が、一年間のアメリカ滞在と、そこから東廻りで日本に帰るまでの半年間の旅の経験を合わせて書いた旅行記だった。

深夜特急で引用されているのは、「ギリシャのペロポネソス半島というところは住民はみんな貧しいが親切で、カフェに行って『この辺に宿屋はないか』と聞くと(宿などあるはずのない寒村を選んで行っている)、たいてい『うちに来ればいい』という人が現れる、そうやって無銭旅行する」という話で、まあ何というか貧乏な旅人というのは本当に人の親切を食って旅するものなんだなあ、と。深夜特急も割とそういう本でしたが、こっちの方がより程度が高いというか、タチが悪いというか。

深夜特急同様、若者が世界を旅してまわる話なのですが、旅行の時期も出版の時期もだいぶ前なので、いろいろ時代を感じる記述があります。

ニューヨークでルームシェアしている二人組の若者TとKの家に泊めてもらった時の話。

TとKは「夫婦」であった。二人はホモ・セクシュアルだったのである。二人がそうであるむねを告げると、前記新聞記者氏はとび上がり、ほうほうのていで逃げ帰って行った。
これが普通の正常なる日本男子の反応であろうか。

さすがにこんなの現代じゃ書けないでしょう※1

アメリカには、どこへ行ってもスーパー・マーケットがある。このごろ日本でも幸か不幸かはやり出したから今さら説明する必要もないだろうが、

まだ日本にはスーパーマーケットが珍しかった時代。

人種差別もおおっぴらです。

南部へ行くと、御承知のように、レストラン、バー、駅の待合室、トイレット、映画館の席、バス、市電の座席、それらすべてに「白人用」「黒人用」の区別があり、われわれ日本人は、中国人、メキシコ人、プエルト・リコ人らと同じく「白人用」のに入ることになっている。

日本人は白人枠だったようですが、差別対象の黒人ではないというだけで、別に日本人だからどうというわけではなさげ。

スペインで中国人と間違えられ、嘲笑されていたのが、日本人だと伝えたら態度が急変して握手を求められたとき、その時は嬉しかったが後で気付いた話。

そして別れてから気づいた。私が上機嫌だったのは次のようなことを言われたためではないのか。
「シナは野蛮国でヨーロッパの先進国とは比較にならないが、そのシナに比べると日本はまだマシであって、どうにかヨーロッパの仲間入りをすることができる。さあ、おまえさんよ、われわれはおなさけによって、おまえをヨーロッパ人とみなすから、いっしょにシナ人などという野蛮人を見下そうではないか」

これ言われて喜ぶ日本人は今でもいっぱいいそう。

メキシコに行ったら、セキ・サノ(佐野碩)という人の紹介で、シケイロスという画家に会います。このシケイロスさん、スターリン主義者で、トロツキーの暗殺未遂をした人だそうで※2、なんでそんな人が大手を振って堂々と芸術活動までやってるの。

以前、深夜特急に、イタリアの老人に『また一緒に闘おう』と言われたという話があったと書きましたが、こっちにはこんな話が出てくる。

ドイツ人はドイツ人で、たとえばハンブルグのビヤ・ホールで私の肩をどやしつけながら、「われわれは勇敢だった。今度やるときはイタリアぬきでやろうじゃないか」

今度やるときはイタリア抜きで」というのがドイツ人の日本人に対する合いコトバみたいなものだが、

イタリアの扱いさておき、まあみんな、戦争が好きなんですね。

「成せば成る、ナセルはアラブの大統領」ってどこで聞いた言葉かも忘れましたが、1958年頃の旅なので、そんな話も出てきます。

昨日は、エジプトとシリアが合併してアラブ連合をつくった記念日なのだった。

歴史だなあ。

無銭旅行を連日つづけていると、もうあらゆることがどうでもよくなってくる。外国に住むことの最大の魅力(また危険)は、自分がその外国の社会に何ら責任がない、そこでは何をしてもよい、あるいは逆に何もしなくてもよい、すくなくとも自分の行為なり状態なりに心理的制御を感じなくてすむ、ということだが、無銭旅行の場合は、そいつがもっとも端的なかたちで出てくる。何が起っても、ハハン、とすませる神経ができてくる。金がなくったって、まあ明日になれば何とかなるさ、ですますことができるようになる。

「深夜特急」と同じようなこと書いてるな。

深夜特急同様、カルカッタにも行きます。

そして、いま私が眠ろうと必死に努めている都会カルカッタは、おそらく世界最悪の都会であった。人口六百万、ひとにぎりの大金持と無数の街路族、コジキ。暑さと病気と、そして何よりも貧困。ここに存在するのは抽象的、カッコつきの「貧困」ではなくて、なんの形容詞も虚飾も誇張も必要でない、むき出しの事実としての貧困、それ自体であった。


――それにしても、小田実さんにしても沢渡耕太郎さんにしても、インテリなんですよね。本書の初めの方で、小田実さんは自分が英語が話せないということを強調しているけれど、旅の前には『ある感化院みたいに騒々しい私立高校』(Wikipediaを信じるなら、代々木ゼミ?)で英語を教えていたそうだから英語ができないはずはなく(会話の機会はあまりなかったのかもしれませんが)、実際旅先ではいろいろ複雑な会話を現地の人としているように見える。深夜特急の沢渡耕太郎さんも、トルコで

ケマル・アタチュルクですね。
「そうだ。よく知ってたな」
そのくらい学校で習いましたよ。

私も学校で習ったのかな。世界史の授業はなかなかそこまでたどり着かなかった気もするが、いずれにせよ26歳時点まで覚えていなかったことは間違いない。アタテュルクといえばhttps://kmaebashi.com/blog/kmaebashiblog/post/49で名前が出たから知ってる程度だ。

旅を楽しむにも教養って必要なんでしょうねえ。

私には教養なんぞありませんが、それにしてもやっぱり旅に出たくなった。


  • ※1 巻末には例によって言い訳が載っている。
    『作品中、今日からみれば不適切と思われる言葉や表現があるが、作品が書かれた時代背景と作品的価値、および著者の差別問題に対する取り組みや著者が故人であることなどを考慮し、原文のまま掲載した。』
  • ※2 本書の中にはこの件に関する記述はない。

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まえばし

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