先日の「あの日、僕は旅に出た」の記事のラストに
深夜特急は以前1巻だけ買って読んだのだったな、と思ったところで次回に続く。
と書いたのに「次回」の記事はブレードランナーになってしまった。まあいいや。
というわけで、「あの日、僕は旅に出た」で思い出した深夜特急を1巻から6巻まで読みました。その後、別の本を1冊読んでから、また6巻まで再読、2周読んだ(1巻だけは最初から再読だったから3周か)。1回目の読了は確かAACRで止まった旅館だったと思うから、もう1か月以上過ぎていますが、再読したからタイトルは「割と最近の読書」としました。
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6巻まであるのですが、6巻までの表紙を並べてもしょうがないしな。
有名な本なので多くの人はご存じと思いますが軽く紹介すると、著者の沢木耕太郎さんが「インドのデリーからロンドンまで乗り合いバスで行くことは可能か?」というテーマで友人と賭けをして、実際にロンドンまで行く話です。ではデリーまでは飛行機で行くのか、というと、そのつもりでチケットを買おうとしたら、旅行代理店の女性に「このチケットはインドまでの間の途中2か所に寄り道できる」と聞いて、それならと香港とタイに寄った。タイの次はデリーではなく、チケットを無理言って変えてもらってカルカッタに行った。
各巻の内容について軽く。
1巻
デリー
冒頭は、日本を出発するところからではなく、インドのデリーを発つところ、という構成になっています。ここで、安宿に泊まり続けて無気力になってしまったフランス人を見て、こうしちゃいられないとデリーを出発します。本書、バックパッカーのバイブルのような本なので、ヒッピーとかバックパッカーを礼賛するような本かというと、意外とそんなことはありません。
香港
2章で日本を発ち、香港に行きます。香港で安い宿を探したら売春用の連れ込み宿に泊まってしまって、廟街の大量の露店に興奮する。
宿で、部屋に娼婦さんが遊びに来て、しばらく筆談していたら最後に「孤寒」と書かれた、という話があって、
孤寒。その優雅な言い廻しと裏腹の冷えびえとした文字の姿の中に、本当に私の性格とその未来が隠されているのではないかと思えてきた。
みたいなことを考えていたのですが、「孤寒」は「ケチ」という意味だったと深夜特急の本を出してから知ったという話が巻末のエッセイに。
マカオ
香港から船でマカオに渡ってカジノで賭けをやる話。カイジみたいで面白い、と思わなくもないのですが、1900ドル持って旅に出て、1200ドルスッてしまって、その後1000ドルくらい取り返した、なんて話を聞くと、結構引きます。旅は始まったばかりだというのにこんなとこで旅費を溶かしてしまうのか。
2巻
バンコク
タイに行ってなぜかまた連れ込み宿に泊まってしまい、ボーイから女を買わないかとうるさく言われて辟易する。タイは私が行ったことがある数少ない海外なので、期待して読んだんですがあまり細かい記述がなかった。
マレーシア
入国審査の時、壁に英語の標語が掲げられていたとのこと。
《われわれはツーリストを大いに歓迎する──ただしヒッピーは除く》
その時いた人たちはみんなヒッピー風で、それでも特に問題なくビザが発行されたそうですが、ヒッピーの嫌われっぷりをわざわざ書くのがこの本っぽい。
安い宿を探したらまた連れ込み宿に泊まってしまい、そこの娼婦さんやそのヒモたちと仲良くなる話。連れ込み宿の1階がバーになっているんですが、マレーシアは(イスラム圏のはずですが)ある程度酒が飲めたんですかね。
著者が旅に出る発端の話は、2巻に書いてあります。急に仕事が増えて、苦し紛れに「自分は間もなく外国に行くので仕事は受けられないのだ」と言ってたら、「外国に出かける」というのがいつの間にか「外国に出かけた」になり、自宅アパートに電話がないので実家のお母さんに「いつお帰りになります」というような電話がかかってくるまでになった。
事情のわからぬ母親は、そのたびに曖昧な返事をしていたらしいのだが、ある時、彼女に決然と申し渡されてしまった。私はもう弁解したり噓をついたりするのはいやだから、とにかく日本を出ていってくれないか、どこでもいいから外国とやらに行ってくれないか……。
3巻
カルカッタ
さすがはカルカッタというか、道端に物乞いがあふれていて、夜、歩いていたら老人に足首をつかまれたりする。
「ダッカ行きの若者」(日本人)に連れられて、それとは知らずに少女売春宿に足を踏み入れたりします。
「この子たちはいくつくらいなんだろう」
私が誰にともなく呟くと、ダッカ行きの若者が親父に訊いてくれた。
「この親父は十六歳だと言っている」
「まさか……」
医大生が呻くように言った。
「そうだな、十二、三歳がいいところかな」
ダッカ行きの若者も同意した。
「それも、何年も商売をしてきたような体つきをしてる」
著者が『七、八歳の少女についてこられたことがある』時の話。
つい弱気になり、小銭をあたえようかな、と立ち止まった。すると、少女が小さな声でひとこと言う。 「十ルピー」
物乞いに金額を指定されたのは初めてだった。しかも十ルピーといえば大金だ。首を振って歩き出すと、慌てて私の眼の前に廻り込んで、言い直した。
「六ルピー」
私がまた首を振ると、やがてそれは五ルピーになり、四ルピーになり、三ルピーになった。その時になって、やっと意味がわかった。少女はその金額で自分の体を買ってくれないかと言っていたのだ。
――地獄だな。
その後、ブッダガヤに行って日本の寺に(無料で)泊めてもらう。そこで此経啓助さんという方と知り合って※1、一緒に孤児をたくさん引き取っているアシュラム(道場※2)で子どもと一緒に農作業したりする。
カトマンズ
この章は、どういうわけか手紙の形式になっています。
雨に降りこめられて、ドミトリーの一室で同室の旅人たちともども鬱々とする。
ヒッピーたちが放っている饐えた臭いとは、長く旅をしていることからくる無責任さから生じます。彼はただ通過するだけの人です。今日この国にいても明日にはもう隣の国に入ってしまうのです。どの国にも、人々にも、まったく責任を負わないで日を送ることができてしまいます。しかし、もちろんそれは旅の恥は搔き捨てといった類いの無責任さとは違います。その無責任さの裏側には深い虚無の穴が空いているのです。深い虚無、それは場合によっては自分自身の命をすら無関心にさせてしまうほどの虚無です。
フランスの男の子がクスリのやりすぎで死んだ、なんて話を聞いたりする。
ベナレス
ヒンズー教の聖地ベナレスで、ガンジス川で、沐浴している人のそばで死体を焼いているのを見る。
それから、カジュラホというところに行こうとしたが、途中のサトナというところまでしかたどり着けず、そこで熱を出してしまう。カジュラホまで行けばツーリスト・バンガローという値段の割には清潔な国営の宿があると聞いて、なんとかそこにたどり着くが空いているベッドがない。それでもあんまり体調が悪そうなので支配人が同情して4人部屋のドミトリー(ただし同室は白人女性二人)のベッドのひとつに寝かせてもらう。この手の旅人というのは本当に人の好意を食って旅をしているのだな。
その後デリーに向かうが、途中で熱がぶり返して、デリーのYMCAでまた寝込む、というところで3巻は終わります。
長くなったので今晩はここまで。
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