「西南シルクロードは密林に消える」は読みやすい本ではありましたが結構量があったし内容も重いしで、次はもっと楽に読める本にしよう、と思って選んだのがこれ。村上春樹さんのエッセイ、村上ラヂオ。
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もともとのきっかけは、沢木耕太郎さんのエッセイ集「https://kmaebashi.com/blog/kmaebashiblog/post/213を再読していて、こんな記述があったこと。沢木耕太郎さんは、飛行機でだけ、カクテル「ブラッディー・メアリー」を飲むそうです。
二年前、ドイツから日本に戻るときの飛行機の中で、客室乗務員に最初の一杯を何にするか訊ねられて、ブラディー・メアリーを頼んだ。
すると、その日本人の客室乗務員が小さく笑いながら不思議なことを言った。
「ムラカミさんと同じなんですね」
(中略)
その不思議な言葉の意味がわかったのは最近のことである。
札幌から東京に帰るとき、空港の本屋で文庫本を買った。村上春樹の『村上ラヂオ』というエッセイ集だった。
飛行機に乗って読んでいると、半ばを過ぎたあたりで「空の上のブラディ・メアリ」という文章が出てきた。飛行機の国際線に乗ると、食事の前に「何かお飲物は?」と尋ねられる。そういうときあなたは何を飲みますか?
僕はだいたいブラディ・メアリを頼みます。なるほど、あの客室乗務員が言っていた「ムラカミさん」とは村上春樹のことだったのだ。村上春樹も私とまったく同じ嗜好を持っているらしく、飛行機に乗ると食前酒にブラディー・メアリーを注文するというだけでなく、飛行機以外のところでブラディー・メアリーを呑んだりしないというところまでそっくりだった。
この後に、村上春樹の「航空会社によるブラッディー・メアリーの3つのランク」についての引用が続くのですがそこは省略。
これで興味を持ってしばらくサンプルをKindleに入れてたのを今回購入して読みました。
本書は、ananに2000年頃に連載されていたエッセイをまとめたものだそうです。
村上春樹のエッセイと言えば、大昔、「村上朝日堂」とか「村上朝日堂の逆襲」とかを文庫本で買って読んだ記憶があるんですが、今ScanSnapで取り込んだのを確認すると「村上朝日堂」しか持ってない。紙の本はかさばるのでブックオフに持って行っちゃったかなあ。紙の本ってはかないもんです。
「村上朝日堂」をちょっと見返すと、『年中ジーパンと運動靴で暮しているとはいえ、もう三十三なんだから』という記載がある。「村上ラヂオ」はそれよりずっと最近の本で、村上春樹さんはこの時点で51~52歳だったようだ。どっちの年も抜いちゃったなあ。
他のエッセイ集同様、「村上ラヂオ」も大変読みやすい本で、いくらなんでも2日くらいは持つだろうと思ったら1日半で読んでしまった。読みやすいんですが、昔の映画とか音楽の話が出てきてなかなか教養を要求される。私なんか年ばっかり食って教養が足りてない。
いくつか、目についたところ。
不思議なことだけれど、イタリアのパスタはおいしい。当たり前じゃないか、それがなんで不思議なんだと言われるかもしれないけれど、僕がそう言うのは、イタリアと隣り合った国々で食べるパスタがことごとくまずいからだ。国境をまたいで越えただけで、パスタが突然信じられないくらいまずくなる。
これ、「深夜特急」でも同じことが書いてある。実際そうなのかな。
メニューにスパゲティーを見つけた私は、イタリアで食べてきたスパゲティーが食べられるものと期待して、そのレストランに入った。残念ながらポモドーロがなかったのでボンゴレを注文したが、出てきたものはイタリアのスパゲティーとは似ても似つかないものだった。皿が出てくる時間があまりにも短いのが不安だったが、一口食べてみてその不安が的中したことを知った。要するに、それは浅蜊入りのうどんというような代物だったのだ。モナコはイタリアとあまり離れていないので油断したが、やはりイタリアではなくフランスだった。
人間だけじゃなくて、動物だって自殺することがあるみたいだ。
ローマのフランス人学校の校長に飼われていた雄猫は、フランス大使の飼っていた雌猫にきっぱりと愛を拒絶され、ファルネーゼ館のバルコニーから身を投げた。世をはかなんでかどうかはわからないけれど、見ていた人の話では「どう見ても自殺としか考えられない死に方だった」ということだ。
へえ。
ところでドーナッツの穴はいつ誰が発明したかご存じですか? 知らないでしょう。僕は知っています。ドーナッツの穴が初めて世界に登場したのは1847年のことで、場所はアメリカのメイン州のキャムデンという小さな町。とあるベイカリーで、ハンソン・グレゴリーという15歳の少年が見習いとして働いていました。その店では揚げパンを毎日たくさん作っていたんだけど、中心に火が通るまでに時間がかかって効率が悪かった。それを見ていたハンソン君はある日、パンの真ん中に穴をあければ、熱のまわりがずっと早くなるんじゃないかと思って実行してみた。
これは、事実なのかなあ、と思ってChatGPTに聞いてみた。
有名なのは、1847年にアメリカの船乗りハンソン・グレゴリーが考案したという話です。
当時16歳だったグレゴリーは、丸いドーナツの中心部分が生焼けになりやすいことに不満を持ち、中央に穴を開けたとされています。
「ハンソン・グレゴリー」は一致した。年齢は1歳違う。場所は、村上ラヂオでは「とあるベイカリー」になっているがChatGPTは「船乗り」と言っている。船乗りになる前にベイカリーで見習いしていたのかな、と思ってさらに聞いてみると、
実は、グレゴリー本人の証言では、船乗りとして航海中に考案したことになっています。
1916年3月26日付の『ワシントン・ポスト』に、当時85歳だったハンソン・グレゴリーのインタビューが掲載されています。
それによると、
- 13歳で船乗りになった。
- 1847年、16歳のときにスクーナー船に乗っていた。
- 船で出される揚げ菓子は、外側が揚がっても中心部は生焼けだった。
- そこで船にあったブリキ製の胡椒入れの蓋を使い、生地の中央を丸くくり抜いた。
- 航海から帰った後、母親にもその作り方を教えた。
という話です。
アメリカ人であるハンソン ・グレゴリーは、1847年、16歳の時に石灰貿易の船上でリング状のドーナツを発明したと主張している。グレゴリーはねじった形のドーナツの脂っこさと、普通の丸いドーナツの中心が生焼けであることが不満だった。船のブリキ製の胡椒入れで生地の中心に穴を開けたと後に主張し、母親にその技術を教えたと述べた。
とのことなのでChatGPT説に近い。うーむ。
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