例によって読書記録です。どこからこれを読もうと思ったのかは忘れた。
「土 地球最後のナゾ~100億人を養う土壌を求めて~」京都大学を出て土の研究者になった藤井一至さんの本です。
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本書のテーマは「100億人を養える肥沃な土壌はあるのか」です。
しかし、70億人を突破した世界人口は、さらに30億人も増えて、21世紀中には100億人に達するという。一人あたりの畑は30メートル×30メートルの面積しかないのに(正しくは、45メートル×45メートルだと後に知った)、砂漠化によってさらに土が減ってしまう。食いしん坊の直感にすぎないが、ずいぶんと狭い。本当なら一大事だ。100億人が、なによりも自分がお腹いっぱいに食べていくには、どうすればよいのか。100億人分の肥沃な土を見つけるしかない。
壮大かつ大真面目なテーマです。世界人口は近々減少に転じそうだというニュースを最近見ましたが、それでも100億ぐらいまでは行くようですし。
世界には12種類の土壌があるとのことで、口絵で一覧が載っています。引用。
肥沃な土もそうでない土もあり、ウクライナとか北米の穀倉地帯にあるチェルノーゼムは肥沃だがそれがあるところはもともと雨が少なく、耕すと嵐や浸食でなくなってしまう。
チェルノーゼムは、人に利用されてこなかったからこそ肥沃だったのだ。
日本に多い黒ぼく土は、腐植(腐った植物が分解されたもの)が多くて肥沃そうに見えるのに、粘土がリン酸を吸着してしまい酸性でもあって、高度経度成長後、リン酸と石灰を撒くことで改良したとのこと。
興味深い内容ですし、読みやすくするように書かれた本なのだと思いますが――どうもその「読みやすくする」努力が空回っていてかえって読みにくくなっていると思えてしょうがない。
粘土の振る舞いは人間的で、粒子どうしは引き合うこともあれば、お互いの電気(気位の高さ)が反発して分散することもある。カルシウム(怖い先輩)が多い条件では、粘土粒子どうしは電気の衣(自己主張)を抑制して団結するが、カルシウムが表土から失われる(卒業する)と粘土粒子どうしが電気の衣(縄張り)を広げようとして、反発し合うようになる(図48)。すると団結していた土の構造は壊れる。これが表土から粘土がなくなる仕組みだ。下層土に到着した粘土どうしは、カルシウム(怖い先輩)を前に再び団結する。濁った川の水が海に流入するやいなや沈降する現象も似たような原理だ。
これを説明している「図48」がこれ。
粘土が「-」で描かれているところからすると、粘土はマイナスの電荷をもっていて、そのままだとマイナス同士で離れるところ、カルシウムはプラスのイオンだからくっつくのかと思うと図を見るとくっついてない。ChatGPTに聞いてみると
カルシウムイオンは粘土粒子に直接接触していなくても、周囲の水中に存在するだけで反発力に影響するということです。
とのことなのだけれども。その辺の説明が欲しい。怖い先輩とかどうでもいい。
その他気になったところ。
泥炭土は、地中深く数千万年も眠れば石炭に化ける。
「キノコがでてきたからもう石炭はできない」というのは(木材由来のも含めて)どうもウソらしい。
マツタケの香り(マツタケオール)とカビ臭の原因物質は化学構造がそっくりで、世界の多くの人々がカビ臭として一括している。日本人は、微妙な違いを嗅ぎ分けてマツタケを神格化している。日本人のほうが珍しい存在なのだ。
えー。
熱帯雨林を語る本のたぐいには、豊かな森の下の土壌は薄く脆弱で、伐採すると不毛化する……ということが常套句のように書いてある。しかし、私の調べた限りでは、熱帯土壌が薄いというのは落葉層、腐植層に限った話であって、土そのものは深い。
熱帯雨林を伐採してしまうと土はレンガと化し、不毛な大地となるという。どれも真っ赤なウソだ。
ん?
オーストラリアのフンコロガシは硬いフンの専門家になっていた。軟らかい牛フンを処理できなかったのだ。
そこで、オーストラリアの人々はアフリカやヨーロッパからウシ専門のフンコロガシをスカウトし、オーストラリアの草地に導入した。
今なら外来種の扱いだと思うけど、今でも(昔よりは慎重に)導入を続けているらしい。ウシ自体が外来種だしな。
田んぼ一枚のコメの収穫量を5トン(現在)とすると、25枚ではコメ125トンの収穫を見込める。1年間に一人当たり250キログラムの米を消費したとすると、その村は500人の人口を養える。これは水だけでなく肥料と農薬も充分にあった場合だ。降水量が1000ミリなら、養える人口は200人を割り込む。もしも江戸時代のように肥料と農薬がなかったなら、一枚の田んぼからの収穫量は1トン、
肥料と農薬すごい。
ケイ素が不足しがちな地域では、オオムギ・ビールが大人のケイ素摂取量の20パーセントを占め、「ビール3杯で医者いらず」というキャンペーンもある(49)。日本人はビールなしでもケイ素は足りているはずだが、夜の繁華街にはこのキャンペーンに便乗する人々も多い。
「このキャンペーンに便乗」しているとは思えませんが(こういう冗談がこの本を読みにくくしてるんだよなあ)。
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